~風吹くままに 心のままに~

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カテゴリ:風の旅 上野浅草( 5 )

スカイツリーと桜

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桜とスカイツリーを期待して、昨日3/19隅田公園を歩きましたがちょっと早すぎた!!
全体的にまだまだですが、慌てて桜まつりの提灯を吊り下げ始めている様子で屋台も全然です。上野公園ではだいぶ桜が咲きはじめたとのことですがこちらは来週半ば以降でしょうか? 
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急に暖かくなって準備が出来ていたのは桜だけかなぁ。梅だってまだまだ咲いているし、菜の花もこれからで、菜の花が咲ききる頃には桜は散ってしまうかも。権現堂や吉見の桜堤と菜の花のコラボも今年は期待薄? 

春空の下、人形焼を食べながら、のんびりとスカイツリーまでお散歩してきました。
by kazemachitaro | 2013-03-20 21:20 | 風の旅 上野浅草

上野東照宮~気分は江戸時代~

  さて、浅草、上野公園界隈のお話最終回。
  以前、川越東照宮:日本三大東照宮のお話をしましたが、ここ上野にも
  三大東照宮にひけをとらない上野東照宮があります。
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  御祭神は徳川家康・吉宗・慶喜で、家康公の信任が厚かった
  藤堂高虎が自らの上野下屋敷に建立し、3代将軍家光が手を加えて完成。
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  幕末の上野戦争や明治以降の東京大震災、
  東京大空襲からも被災することなく、慶安4年(1651年)建築の社殿は
  もちろん、門や柱、塀、果ては灯篭にいたるまで、そのすべてが
  創建当時から現存し国の国宝(重要文化財)に指定される
  
驚異(笑)の生命力を誇る東照宮なのです。
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  本殿をはじめとする建物は金箔づくしで、中尊寺金色堂や日光東照宮
  並び国内でも稀、なかでも唐門は日本に一つしかない
  金箔の唐門
であり、門柱には、かの左甚五郎作昇竜降竜など
  金箔と極彩色の彫刻が至れり尽くせり。
  本殿中央正面にある「東照宮」額は後水尾天皇真筆で
  純金、壁画は狩野探幽筆

  そして、さらに大盤振る舞いはなんと、これ程までに素晴らしい本殿の
  部屋内までなんと200円でいつも入れる。。。フツー200円では到底入れない
  。。。というよりいくらお金を払ってもめったに一般公開はされません。
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  唐門両側6基は御三家(義直、頼房、頼宜)から奉納された銅灯篭で国宝。。
  ウン千万円クラスとか
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  社殿に向って左側手前の1基には寛永5年の銘があり、
  藤堂高虎(寒松院)
が、家康公十三回忌の折に神前に寄進したもの
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  官位の高かった大名寄進の銅灯篭やそこまでに至る
  参道の左右は錚々たる全国の諸大名の寄贈で作られた280基の
  石灯篭が並び、まさに江戸時代の大判振る舞い。。。
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  いかがですかぁ~みなさぁん。。。
       ジャパネット高田もビックリ。。。の声が聞こえてきそうですね!! 

  おまけ:
    おばけ灯篭、上野東照宮の前にある高さ6メートルのビッグな石灯籠。
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    京都の南禅寺・名古屋の熱田神宮の大灯籠と合せて
    日本三大灯籠
と呼ばれていますが、その大きさもさることながら
    当時東照宮へ石灯籠を納めるには十万石以上の大名に限られており、
    一万八千石の奉納者は無理をして勝手に特大の灯籠を奉納したため
    切腹となってしまいました
    。。。その祟りのお化けが出るとか出ないとか
    。。。でもって、お化け灯篭!!                
                            
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by kazemachitaro | 2009-02-21 00:20 | 風の旅 上野浅草

西郷隆盛~上野の杜で111年~

  日本でもっとも有名な銅像と言えば
  上野公園の『西郷隆盛』か高知桂浜『坂本龍馬』かなぁ!!
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  以前、幕末維新の『高杉&龍馬』の関連記事でも
  触れましたが、戦時中、弾薬材料の為に全国の寺の鐘や著名人の銅像が
  ことごとく供出される中、この西郷像は龍馬像とともに数少ない例外として
  供出を免れたひとつなのです。

  なぜ免れたかは、西郷隆盛が幕末から明治維新の中で果たしてきた
  役割(維新の三英傑)にあり、その最期こそ賊軍の汚名
  きせられ非業の死を遂げますが、後に天皇をして、なぜ死なせたと
  言わせる程に皇族の信頼が厚かったことが理由のひとつだとされています。

  では、なぜ上野の杜に鎮座していらっしゃるのか?
  本当は皇居(千代田の城)の中に建てる予定だったらしいのですが、
  流石に賊軍として政府に反抗した人物の銅像を建てる訳にも行かず、
  皇室御用地であった上野公園
に建てられたらしいですね。。。

  ただ、その直ぐ背後には西郷率いる薩摩長州軍によって撃滅された
  彰義隊の慰霊墓
があるというのもデリカシーなさ過ぎかもね?!

  そして更に、同じ薩摩人でありながらも官軍側と幕府側の敵対する
  立場にならざるを得なかった『篤姫』の墓地は、ご主人『家定公』とともに
  すぐ近くの上野寛永寺に
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  ある(一般公開は×、特定日のみ) というのもちょっぴり不思議
  と言えば不思議かも?
  というわけ?で、芭蕉の鐘に続き、『なるほどザ上野の杜』でした
  。。。(続く~笑)

  
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by kazemachitaro | 2009-02-14 03:28 | 風の旅 上野浅草

時の鐘の主張~どっちがホント?

  江戸時代の上野浅草界隈の下町には二つの時の鐘がありました。
 「花の雲 鐘は上野か 浅草か」と芭蕉が詠んだ句は
  有名ですが、面白いことにこの句に登場する鐘が上野にも浅草にも現存
  おまけにそのいずれもがなんと現役なのです
 
  浅草寺境内のはずれ弁天山にある時の鐘
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  1692年(元禄5)に鋳造されたもので、今も午前6時の時報と大晦日の
  除夜の鐘に使われています
  。。。年末のゆく年くる年の浅草寺の中継などで聞こえてくる鐘ですね

  そして、こちらが上野公園の精養軒傍にある時の鐘
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  東叡山寛永寺の持ち物だそうですが。。。1787年に鋳造されたもので
  今は正午と朝夕の6時にゴーンと鳴り響きます。

  さて、ここからがありがちな主張ネタ。。。時の鐘編(笑)
  いずれも、芭蕉が読んだ時の鐘はこの鐘の音だと。
  。。。時の鐘を説明する案内、パンフ、ネット情報etc こっちだあっちだと
  。。。主張している???

  当時の芭蕉のお住まいは深川にあり、上野と浅草 いずれの鐘の音も
  聞こえる距離らしいですが。。。さてどっちが正解なのでしょうね?

  さらには芭蕉の正体は実は隠密?忍者?説ありですが。。。となると
  どっちの音も聞こえるくらいお耳が良かったのかも知れませんなぁ
  なんてね。。。この手の話は
  どんどん飛躍
スルスル(笑)


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by kazemachitaro | 2009-02-07 01:20 | 風の旅 上野浅草

浅草寺&浅草神社

  初詣の賑わいも一段落の浅草寺雷門
  誰しもが目にする赤い大提灯 スポンサーはかの松〇電器(パナ〇ニック)の
  創始者:松〇幸〇助氏
だとか!!
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  病気であった幸〇助氏が浅草寺にお参りしたら病気が治癒したため
  戦後仮門であった雷門を建て直し、この大提灯を奉納したとのことです。
  未曾有の経済危機。。。 
  ♪経営の神様→明るいナショ〇ル(かってのキャッチ)→大提灯♪♪
  先行き暗く見通しが立たないと言われておりますので
     もっと明かりを(もしかして違うメーカー)???
  というわけで、登場していただきました!!
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  さて、この浅草寺、都内最古であり徳川時代には江戸最大の寺院
  と言われた本殿や五重塔は国宝でしたが、東京大空襲により焼失し、
  戦後再建されました。
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  確かに建造物そのものはコンクリート製で少々味気ない印象も?

  歴史的という意味ではこちらでしょうか。。。
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  東京一のお祭りと言われる三社祭りで有名な浅草神社
  お祭りの規模と対照的に浅草寺本堂の東側にさりげなく、こじんまりと
  鎮座?しておりますが、現存の社殿は徳川家光の寄進
  慶安2年(1649年)に完成したもので、空襲を免れ、拝殿・幣殿・本殿が
  国の重要文化財
に指定されています。
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  浅草神社は江戸時代以前は浅草寺と一体であり、明治以降の
  神仏分離によって浅草寺から離れたのだそうで、以降、浅草神社
  単体での祭りとなり大きく発展したのが三社祭りで、江戸時代の市中の
  三大祭は深川、山王、神田のお祭りを
  指しているとのことです。

  そんな浅草神社&三社祭りですが、実は浅草神社の祭神は
  浅草寺の草創に関わった一般の人間(漁師と僧侶)を祀っている為、
  神社の格としてはかって江戸一低かったともいわれているようですね
            (江戸時代のお話です)。

  というわけで、いつも仲見世の賑わいに遊ぶだけでしたが、
  冬の嵐の一日ストック写真の整理がてら全く知らなかった浅草の
  お勉強結果のご報告です。

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by kazemachitaro | 2009-02-01 02:05 | 風の旅 上野浅草
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