~風吹くままに 心のままに~

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タグ:幕末 維新 志士 ( 21 ) タグの人気記事

山本(新島)八重と白虎隊

『八重の桜』の主人公、新島八重さんは会津藩砲術師範役の家系に育ちました。男勝りの性格からか、銃の知識や扱いも習得し、戊辰戦争時には会津若松城に立て篭って、銃を手に新政府軍と交戦をした幕末のジャンヌ・ダルクと称されています。
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そのお城の落城を遥か飯盛山から眺めて自刃した白虎隊の隊士の中には、日頃より彼女から砲術の講義を受けた少年達も含まれていたそうです。                             風の旅 会津鶴ケ城はこちら

失意の中で会津を離れ、やがて新島襄と結婚する訳ですが、群馬県の上毛カルタに『平和の使徒:新島襄』というカードがあります。妻となった新島八重さんの想いも、戦争で父弟(死別)、兄(音信不明後再会)、夫(離縁)などの悲しい別れの体験から、やはり平和だったのでしょうね!!
by kazemachitaro | 2013-03-20 01:35 | 風の旅 福島

新島襄旧宅/群馬安中~『10年後のジョー』~

新島襄、京都/同志社大学の創始者で、NHK大河『八重の桜』のヒロイン
山本八重の二人目のご主人でもある彼のゆかりの場所が群馬県安中市にあります。
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幕末安中藩の下級武士の家に生まれた襄の生い立ちは江戸であり、安中藩江戸屋敷詰めの家柄であったため
安中で生まれ育ったのではありません。したがい、旧宅と称されるのは明治維新以後、生まれ故郷の安中に戻っていた両親を訪ねて、アメリカから帰国した襄が3週間ほど滞在した家のことで、正確には新島襄の両親が安中で約7年間生活をしていた家といった方が正しいのでしょう。旧宅という意味では帰国後に生活拠点をおいた京都に史跡が残っています(後にご両親も京都へ移住されています)。
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それでも、この家が旧宅として脚光を浴びる意味は。。。観光協会の説明によりますと
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①アメリカに留学していた襄と10年振りに家族が再会した

②キリスト教徒となった襄の布教活動がここから始まった(後に安中教会設立:左写真)

③新島八重も4回目に安中に来た時にこの家を尋ねた  

などにあり、ここ安中が新島襄の国内布教活動における出発点であったとのことなのだそうです。


☆新島襄と坂本龍馬
さて、かの吉田松陰は下田から密航を企て失敗し捕縛されたのですが、襄は函館からアメリカへの密航に成功し、維新後は公費留学生として帰国できた。。。そこには彼をサポートする人物がいた!!

そのうちの一人が坂本龍馬の従兄弟である沢辺琢磨。実はこの方、土佐藩士時代に不祥事を起こし、切腹を命ぜられるものの、龍馬の手助けで脱藩。東日本各地を転々とし函館に落ち着く中でロシア正教会の洗礼を受け、やがて新島襄の密航手助けをしたとされる人物なのです。

龍馬との直接交流は無いようですが、研究者の方いわく、つまり坂本龍馬がいなければ、沢辺琢磨は生きておらず、沢辺琢磨がいなければ新島襄の密航は成功せず。。。アメリカで木戸孝允らとの出会いがなければ国禁を犯した襄の帰国はもっと遅れ。。。山本八重との出会いもなく。。。との歴史タラレバ話に行き着くわけですが、紐解いていくと不思議なめぐり合わせというか、面白いお話が出来上がりそうです!!
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☆数字にまつわるエピソード話

①襄がアメリカから帰国し家族と再会したのが10年ぶり。

②襄が密航に成功したのは1864年、吉田松陰の密航事件1854年から遅れること10年

③坂本龍馬とおりょうが日本で初めて新婚旅行に出かけたの1866年
 新島襄と八重が日本で初めてキリスト式結婚式を挙げたのが1876年で遅れること10年
 
というわけで、新島襄。。。10年後に何かを仕掛ける
遅れてきた幕末の志士
『10年後のジョー』とでも言いましょうか(笑)  
そういえば、最近話題の宍戸ジョーさんも
シシ『ど(十)』ジョーですね(大爆)
by kazemachitaro | 2013-03-19 02:26 | 風の旅 群馬

龍馬残影~2011 高知旅~

 いつか自分の子供にも龍馬像を見せてやりたいとの想いを叶えたく
 20数年ぶりに高知桂浜の龍馬像に会いに行きました。
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 昨年の大河ドラマ龍馬伝の名残惜しさも手伝ってか、歴史に興味を持ち始めた子供ですが
 うんちくを語る私を煙たがるがごとく桂浜(海)へダッシュ。。。
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 波にびしょ濡れになるのもあっという間で、怒り爆発寸前???でしたが
 昔買った龍馬人形の『心はいつも太平洋ぜよ』の言葉に諭される気分で、
 龍馬の残影を感じる久しぶりの太平洋を満喫しました。
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 風になった龍馬。。。当時はなかった龍馬博物館
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 風にというより雲になった。。。感じの太平洋を見渡せる展望デッキロケーションも、また素晴らしいですね!!

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by kazemachitaro | 2011-08-14 00:54 | 風の旅 高知

風の旅:下関偏~龍馬伝追記~

 学生時代、坂本龍馬に触発された親友に対し、じゃぁ俺は高杉晋作で。。。
 なんて夢中になり始めた維新の時代、そんな訳で今回の龍馬伝での
 高杉晋作の演出は俳優:伊勢谷クンの好演(顔ももしや似ている?)も含め、
 なかなかに手が込んでいて、とても好印象です!!
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 これまで、前回の竜馬がゆく以降、龍馬と晋作の接点を描く数々の映画やドラマが
 ありましたが、二人のお互いを認め合う畏敬や友情を描いた場面は
 ほとんど記憶にありません
 。。。そのうえ、二人にかかわる女性、おりょうさんとおうのさんの二人のシーンまでも
 何気にカットインさせるプロデューサーさん、なかなか『あっぱれ』です♪
 
 ただ、最近入り始めたクライマックスへのカウントダウンナレーションは
 少々煽り気味のような気がしないでもありませんが、確かにこの二人は
 くしくも同じ年に無くなる運命、龍馬伝も佳境になってきましたね!!
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                     晋作&龍馬の駆けた街
             (詳細は左記カテゴリ:風の維新旅の記事参照)
 
さて、龍馬からの手紙を涙ながらに読む晋作
             その背中をそっと支えながら泣くおうのさんのシーン。。。はてどこかで?
 
       この次の夏は もう逢えないだろう
                 お前のささやきが 今はただ心地よい
       生きていられるのは今だから お前がいて俺が泣くそれでいい
       いさかいの中で 夏が消えて行く
                 あれは夢だったのか 天国の入り口か
       多くの強者が 先に行っちまった
                 見るべき世の中を 胸にしまったまま

          『うのひと夏by高杉』より歌詞抜粋 作:吉田拓郎

   20数年前の拓郎のCDを引っ張り出して聴いてしまいました、
                                。。。イメージは近いかも♪

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by kazemachitaro | 2010-10-11 02:07 | 風の旅 維新

吉田松陰~踏海の朝~

 吉田松蔭のその後の人生を決定付ける出来事のあった下田にある銅像~踏海の朝~
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 そしてこちらは三島神社にある銅像
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 松蔭を動かしたのはいったい何だったのでしょう?! 
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 後の松下村塾にて弟子達に松蔭はこんな言葉を残しています。。。
   『志を立てるには
     人と異なることを恐れてはならない
       世俗の意見に惑わされてもならない。。。』
 そして、坂本龍馬も
   『世の中の人は何とも云えばいへ
       わがなすことはわれのみぞ知る』 

先を見る想いの言葉ですね。もう20数年前のネガ写真をスキャンしてみました。

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by kazemachitaro | 2010-03-07 22:18 | 風の旅 静岡

松蔭神社/東京世田谷

 松蔭神社が東京にもあります
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 龍馬伝の生瀬松蔭
            『僕には言い訳はない』 のセリフに
 ちょっと♪どきっ♪として、弾かれるように(笑)行ってきました。
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 松蔭神社といえば長州/萩を想い出しますが、ここにもしっかりと長州の
 維新の志士達の足跡が残されています。。。松蔭神社HP     
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 伊藤博文、山縣有朋などの弟子達が寄進した灯篭
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 そしてミニ松下村塾までも。。。
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 本殿への参道脇にあった 
            『栄辱によって初心に負かんや』 by松蔭 
                  の言葉に、J○Lやト○タが思い出され。。。
 東京神社庁選定の生命の言葉 
            『なるようになる 心配するな』 by一休禅師
                  の言葉にわが身も元気付けられ。。。

 益々軽薄になるかの時代に、益々重くなる先君の名言に諭されて
 少し凹みがちだった気分も春めいてきました!!

 では、おまけにもう一言
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by kazemachitaro | 2010-02-28 03:09 | 風の旅 東京

龍馬が歩く。。。

『龍馬伝』が始まりました。。。ので久々に東京の龍馬像に
ご挨拶に行ってきました♪ 
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地元商店街も盛り上がっています♪ 
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東京に龍馬像?そうなんですよ、龍馬像があるんです!! 所は京急立会川駅を降りた駅前。。。???

ありゃ?あったはずの龍馬像がいない?4、5年前に来た時には
確かに駅前エントランスにコンビニを背にして立っていたはず???
確認すると、駅前から数分の児童公園前に
歩いた(移動)のだとか(笑)
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確かにいました。。。桂浜の銅像のミニチュア龍馬。なぜここに?
このあたりは旧土佐藩の屋敷があり、江戸に出てきた龍馬の活動拠点で
あったはずということで、2004年11月に高知からいらっしゃったのだとか!!

さて、この銅像は昨今のご事情曰く?全体がFRP(強化プラスチック製)の
なんともエコ仕様で、超軽量。。。なるほど帰宅してネット情報を見ると
いろいろな事情で、あっちこっちへ移動させられ現在の場所に落ち着いたと!!
ということは、もしかしたら今年は各地の龍馬イベントに出張させられたりして(笑)
龍馬。。。全国を歩く?なんてね♪   
ブログカテゴリ:風の旅維新 にて脱藩から下関編の実際の足跡を載せています!!

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by kazemachitaro | 2010-01-09 02:15 | 風の旅 東京

ポニョの故郷~鞆の浦~に想う

 宮崎駿監督は社員旅行で訪ねた鞆の浦の景観を非常に気に入り
 あの名作ポニョが生まれたのは周知のことですね。
 江戸時代の建物が数多く残る街並み。常夜燈や雁木、石垣でできた
 波止場など、古くから伝わる5つの港湾施設が今も揃うのは全国でも
 ここだけ。さらに時代の節目で歴史の表舞台に名を残すとてもロマンと
 趣のある街なのです。
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 さて先日、この瀬戸内海の小さな港町で海岸を埋め立て橋を架けようとする
 行政の25年来の計画に待った(裁判差し止め)が掛かりました。
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 理由は埋め立てやバイパス(架橋)建設により、歴史ある古き港町の
 美しい景観や文化財を損なう危険があるとのことですが、
 一方で、その歴史的景観を残す町ゆえに過疎・高齢化や、車が
 すれ違えないほど狭い道幅、建物の老朽化などの課題やそこに
 生活する人の便利さや快適な暮らしを求める権利をどう解消して
 いくのか。。。現実問題として頷けなくもないのですね。。。
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 確かに風。。。も5年前に訪ねて思うのは、駐車場が無い、道が狭い、
 観光客を受け入れるインフラが未熟。。。
 いまやETC1000円、果ては高速無料化?。。。で車では来られません。。。
 でも公共の交通機関も不便だし、観光客はどんどん増えているし。。。
 混雑しそうで行きたいけど行きたくない。観光地としての機能レベルは
 高くないのが実状なのです。

 さて、そこのところをこの方はどう考えていらっしゃるのか
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 『おまんらまかしちょき。。。ちがうとこにちくっと桟橋と大型駐車場作って
 いろは丸をいっぱいこさえて、海からシャトルしたらええがよ、
 それもソーラー船で海から鞆の景色を見ながら港に入ってくる。。。
 そうじゃ、この先の尾道と観光航路を作ったらJRの駅と港も近いし、
 尾道も楽しめるのぉ~、こりゃロマンぜよ。。。』
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 さすが海にロマンを求めた『坂本龍馬』さん
 この地には随分ご縁があり、港の常夜塔のすぐ横でいろは丸記念館を
 経営しておいでで、来年の大河ドラマの主人公はこの街も舞台にするはず。。。
 これで記念館を訪れる観光客が増えれば一石二鳥、なんてね、
 発言力ありそうだものねぇ(笑)!?

 ひとまず、風。。。も気になっていた開発ありきの計画の裁判による
 差し止めは、今話題のマニフェスト成果を焦る公共工事中止の賛否の中では
 好意的に受け止めたいですね。
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by kazemachitaro | 2009-10-03 01:32 | 風の旅 広島

会津鶴ケ城 風待ち城シリーズpart2

  実は城フェチだったんです(笑)。。。というわけで?
  古いネガ画像からデジカメ画像様々ですが、
  風。。。のお城巡りにお付き合いください。

  ☆23年前の真冬の会津鶴ケ城(ネガ)
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  会津鶴ケ城は伊達政宗、蒲生氏郷、加藤嘉明、上杉景勝、
  保科正之、松平容保
と名将&名君とされる大名が居をなした城で
  戦国~江戸初期は伊達の抑え、以降は東北全体を監視する
  全国有数の名城であった一方で、悲運の城主、悲運の名城の
  イメージが重なる城でもあります。

  ☆18年前の秋の会津鶴ケ城(ネガ)
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  縄張り、築城名手の蒲生、加藤時代に築かれた城は400年に渡り
  難攻不落の名城と称され、後に1ケ月も続いた戊辰戦争での籠城戦
  にも耐え、白虎隊とともに悲劇の舞台となったことで有名ですが、
  残念ながら明治7年に取り壊しとなり、現在の天守閣は昭和40年に
  再建されたものです。
  それでも、天守閣そのもの大きさ、均整のとれた美しさは全国の
  お城の中でもトップクラスだといえますね!!
             ネガスキャンにつき綺麗でない画像でゴメンナサイ
  ☆風。。。のちょこ学
    かの『荒城の月』の作詞者:土井晩翠は仙台の青葉城、
  会津若松の鶴ヶ城をイメージしてこの詞を作詞したとされていまぁ~す♪

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by kazemachitaro | 2009-03-14 03:38 | 風の旅 福島

西郷隆盛~上野の杜で111年~

  日本でもっとも有名な銅像と言えば
  上野公園の『西郷隆盛』か高知桂浜『坂本龍馬』かなぁ!!
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  以前、幕末維新の『高杉&龍馬』の関連記事でも
  触れましたが、戦時中、弾薬材料の為に全国の寺の鐘や著名人の銅像が
  ことごとく供出される中、この西郷像は龍馬像とともに数少ない例外として
  供出を免れたひとつなのです。

  なぜ免れたかは、西郷隆盛が幕末から明治維新の中で果たしてきた
  役割(維新の三英傑)にあり、その最期こそ賊軍の汚名
  きせられ非業の死を遂げますが、後に天皇をして、なぜ死なせたと
  言わせる程に皇族の信頼が厚かったことが理由のひとつだとされています。

  では、なぜ上野の杜に鎮座していらっしゃるのか?
  本当は皇居(千代田の城)の中に建てる予定だったらしいのですが、
  流石に賊軍として政府に反抗した人物の銅像を建てる訳にも行かず、
  皇室御用地であった上野公園
に建てられたらしいですね。。。

  ただ、その直ぐ背後には西郷率いる薩摩長州軍によって撃滅された
  彰義隊の慰霊墓
があるというのもデリカシーなさ過ぎかもね?!

  そして更に、同じ薩摩人でありながらも官軍側と幕府側の敵対する
  立場にならざるを得なかった『篤姫』の墓地は、ご主人『家定公』とともに
  すぐ近くの上野寛永寺に
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  ある(一般公開は×、特定日のみ) というのもちょっぴり不思議
  と言えば不思議かも?
  というわけ?で、芭蕉の鐘に続き、『なるほどザ上野の杜』でした
  。。。(続く~笑)

  
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by kazemachitaro | 2009-02-14 03:28 | 風の旅 上野浅草
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 のんびり気ままな      ちょこ旅ブログです


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