~風吹くままに 心のままに~

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タグ:平和・戦争遺産 ( 7 ) タグの人気記事

山本(新島)八重と白虎隊

『八重の桜』の主人公、新島八重さんは会津藩砲術師範役の家系に育ちました。男勝りの性格からか、銃の知識や扱いも習得し、戊辰戦争時には会津若松城に立て篭って、銃を手に新政府軍と交戦をした幕末のジャンヌ・ダルクと称されています。
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そのお城の落城を遥か飯盛山から眺めて自刃した白虎隊の隊士の中には、日頃より彼女から砲術の講義を受けた少年達も含まれていたそうです。                             風の旅 会津鶴ケ城はこちら

失意の中で会津を離れ、やがて新島襄と結婚する訳ですが、群馬県の上毛カルタに『平和の使徒:新島襄』というカードがあります。妻となった新島八重さんの想いも、戦争で父弟(死別)、兄(音信不明後再会)、夫(離縁)などの悲しい別れの体験から、やはり平和だったのでしょうね!!
by kazemachitaro | 2013-03-20 01:35 | 風の旅 福島

『広島・長崎の火』。。。夏の終わりに

  久しぶりの晴れ間、何気に出掛けた上野の杜での出来事でした
  とあるモニュメントの前で旅行者らしき外国人の青年と初老の男性ガイドさん
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  青年:明日の予定をキャンセルして広島に行きたい
  ガイド:君との契約は明日も都内を回ることになっている。契約と違うし
      広島は遠すぎる、無理だよ
  青年:東京はもういい、広島に行きたい
  ガイド:会社と話をするが、キャンセルでも構わないのか?
  青年:あなたとはキャンセルではない。
  お金は出すから一緒に広島に行って欲しい。
  ガイド:参ったなぁ~(苦笑い)
  
  ちょっとヒートアップした青年を横目にガイドさんは
  「参ったなぁ~」だけ理解できた私に、これが原因なんですけどと
  会話の説明をしてくれながら指差したのが。。。『広島・長崎の火』モニュメント
  説明によれば
  「広島の火」は被爆直後の広島の廃墟に燃えていた原爆の火を、
  故郷の福岡県星野村に持ち帰った方(既に故人)が家族や星野村の
  協力で灯し続けていたもの。「長崎の火」は長崎の原爆瓦から火を起こし、
  それぞれを東京の上野の杜で合火され、このモニュメントの中で
  灯し続けられているということです。
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  『広島・長崎の火』が上野の杜で静かに灯し続けられているなんて
  風。。。も知りませんでした。なぜ上野に。。。はネットでいろいろ紹介されて
  いますのでさておき。。。
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  5年前、風。。。は広島に転勤となり、暑さの中にも普段と違う凛とした
  空気が感じられた8月6日の朝を2度経験しました。
  東京から遊びに来た当時5歳のチビを真っ先に連れて行ったのも
  平和公園でした。
  去年までチビの8月6日の朝は「平和記念式典」のTV中継でしたが、
  8歳の今年はオリンピックの見過ぎで朝起きられず
  。。。見なかったそうです。同じく風も。。。やはり広島は過去の勤務地に
  なりかけていました。
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  たぶん、広島(原爆ドーム)へ行きたいという外国人の青年には
  世界地図の中の東京~広島は近く感じているのでしょう。
  というより目の前の「63年間燃やし続けられている原爆の火」
  ガイドさんの言葉に何か感じるものがあったと想うべきなのでしょうね
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  風にとってもチビにとっても、たぶんしばらく訪ねる
  機会はないちょっぴり遠くなった広島の夏を想えるものが
  ちゃんと上野にあることをチビにも教えてやろう。。。
                夏の終わりの穴場発見ってとこでしょうか!!
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と感じた昨日でしたが。。。

なんと今朝の朝〇新聞
埼玉版に
"灯し続け『広島・長崎の火』語り継ぐ"
   の記事

さいたま市見沼:常泉寺。。。にもあるようです。。。

埼玉県民の風。。。
灯台下暗し、こりゃ上野より
  はるかに近いワ(笑)!!

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by kazemachitaro | 2008-09-06 01:33 | 風の旅 東京

玄奘三蔵。。。悲しんでるかも?

  西遊記といえばフィクションの物語の中で孫悟空の活躍が
  思い出されますが登場人物の中で唯一実在したのが
  三蔵法師ですね
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  三蔵法師は通称で法号は玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)
  と言われており、西暦600年代に活躍し、中国仏教界に多大な
  功績を残した高僧としてとびきり有名です。
  日本でも玄奘三蔵をテーマとした平山郁夫画伯の
  薬師寺玄奘三蔵院壁画
や数々の西遊記ドラマでもお馴染みです。
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  さて、その玄奘三蔵の本物の遺骨(分骨)
  日本国内に奉安されています。
  ひとつは埼玉県岩槻市にある慈恩寺が管理する
  玄奘三蔵霊骨塔(写真:高さ15m十三重の霊骨塔)
  さらにここから分骨された奈良薬師寺
  でも、そんな高僧の遺骨がなぜ日本に。。。と思いますよね???
  というわけで慈恩寺の玄奘三蔵霊骨塔へ行ってきました
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  いろいろ調べていると、かって玄奘三蔵がインドから
  持ち帰ったとされる150粒の
  お釈迦様の骨(舎利)の一部は中国から
  日本へも仏教伝来の過程で鑑真や空海
  によって持ち込まれたとされており、現存するのは法隆寺五輪塔
  の米粒程の大きさの舎利が本物の可能性が
  高いということらしいです(複数存在説もあり)。
  ちなみに、TVでの三蔵法師は何故か夏目雅子を初めとして
  歴代女優ばかりですが間違いなく三蔵法師は男性だったとか。。。(笑)
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  折りしも、騒乱のニュースが報道されるチベット自治区は
  玄奘三蔵が中国とインドを往復の途中で滞在した場所。。。
  同じ中国で仏教を巡る民族と宗派の紛争がまさか1300年後に起きて
  いるなんて、目の前の霊骨塔に眠る法師は
  やっぱり悲しんでいるのでしょうね。。。
  霊骨塔の前に咲く白梅はもう春です。。。一日も早く収まりますように!!

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by kazemachitaro | 2008-03-20 00:10 | 風の旅 さいたま

原爆ドームへの想い 春の夜景ビュー広島市内編PART-2

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記憶の風化。。。惨禍の記憶に61年目のモザイクフィルターがかかることが危惧される中で、私達、戦争を知らない世代に当時のありのままをイメージさせる原爆ドームも春を迎えまたひとつ歳をとりました。
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台風や地震などの自然災害でいつこわれてもおかしくない様に見える崩れかけの壁。。。少しずつ修復を重ねながらも広島市が被爆100年の2045年までは、現在の場所に今の姿のまま保存する方針を出したのは先日の事。
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現在の保存方法の継続が困難な場合は自然劣化させるか屋根を付けたり最悪の場合は博物館へ移転するなどの案もあるようです。
道を挟んだお向かいの広島球場は数年後に移転となり、その跡地の活用法が検討されていますが、2045年といえば今の平和資料館も老朽化が進んでいるはず。。。移転させるのであれば、例えば広島球場の跡地に平和記念ドームを造り、そこに移設するとともに、新しい資料館も併設するなどのプロジェクトが構想されていてもいいような気がしますね。。。!!
そして平和公園も含めた周辺エリア全体が、宗教、思想を超越した世界共通の
平和追悼施設のようなものになれば、今物議をかもし出している問題も解決されるような気が。。。ウッドストックのような世界のアーティストが集う平和記念コンサートなんていいなぁ!!
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なんてったって、人類の功績を称える世界遺産ではなく、近世人類の過ちを正すための唯一の被爆世界遺産がそこにあるのですから。
既に永遠の平和を願うビッグなキャンドルがあったりして。。。ファイヤァ-♪♪
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実は平和資料館前の噴水です。シャッタースピードと露出を変えて写してみました。
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by kazemachitaro | 2006-04-13 00:16 | 風の旅 広島

シンガポールスリングat昭南旅館

ご存知「シンガポールスリング」とくれば
いまや世界中の何処でも飲むことのできるスタンダードカクテル
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本家オリジナルを飲みながらアフタヌーンティーを満喫した『昭南旅館』。。。

その名は東洋の神秘に彩られていると作家サマセットモームが絶賛した
『ラッフルズホテル』 サヴォイやリッツなどと並ぶ世界の
超~超一流ホテルとして日本でも憧れのホテルですね!!
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そのラッフルズで生まれたのが、シンガポールスリング。。。というわけで
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冒頭の昭南旅館は、日本が第二次大戦中にシンガポールを占領した際
ラッフルズホテルを軍事旅館にして付けた名前です。残念ながら日本軍は
このホテルに宿泊した古くからの著名人の記録や資料、愛用品などを
破棄してしまう汚点を残してしまった悲しい歴史も併せ持つホテルです!!
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そして、昨年このラッフルズホテルは米キャピタルコロニーに売却されましたが
そのラッフルズブランドが持つ歴史的価値とサービスをそのまま継承し営業継続。
いつかは憧れのラッフルズ。。。と思ってるあなた。。。まずは一安心ですね!!
by kazemachitaro | 2006-02-26 02:25 | 風の旅 ベストホテル

海は私です。。。

海は私です 青い静かな海は 常の私の心
逆巻く波は 怒れる私の顔
    『回天記念館』に残された手記の一部です
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「悲壮感はない。それが当たり前で、うらやましくもありました」 
当時、出撃する回天部隊を見送った少年達は一様にそう思ってた
『生き神さま』と子ども心にそう信じてた。。。と当時を知る人がそう語り
60年前の風景がそのまま残る回天の発射訓練基地跡と記念館。
当時の悲しい事実をひっそりと包み込むような山口県周南市の沖にある
大津島『回天記念館』を訪ねてきました。
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人間魚雷『回天』。。。なんともストレートというか、おどろおどろしいというか、
あまり響きのいい呼び名ではありません。太平洋戦争末期、形勢不利の中での
日本は、特攻という名において、空から、海上から多くの特攻戦死者を出しました。
そのひとつ人間魚雷『回天』は海中から一発必中で戦艦に爆弾ごと体当たりをし、
「天運を既倒に挽回する」ことから名づけられたといわれています。
 ※写真はレプリカの人間魚雷。。。本物は靖国『遊就館』に唯一現存します
☆発射訓練基地
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☆生と死のトンネル「回天」を運んだトンネルには当時の轍が
  コンクリートの上にくっきりと残っています 
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☆途中には当時の様子がパネル展示されています。
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昭和19年に回天の訓練基地が開設され、
その訓練や出撃がここから行われました。
回天の作戦での戦没搭乗員は106名、敵機の基地来襲による戦死、
訓練中の殉職、敗戦時の自決合わせて19名、回天戦に出撃の整備員35名、
回天作戦に参加し未帰還の潜水艦8隻、乗組員810名が散華。
海軍上層部は、当初、体当たりをする兵器の使用を認めなかったが、
戦局の悪化から最終的には回天の使用に踏み切らせたと。。。

☆記念館までの両脇には戦没者145名のレリーフが。。。
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記念館には当時の様子を物語る写真や資料、戦没者となられた方の
遺影と遺品、遺書関連が展示されています。
戦没された方の平均年齢は二十一歳。中でも百六人の搭乗員には、
一人として子供をもつ若者はいなかった為、遺族は今、極めて少ないとか。
近い将来、彼らを弔うことの出来る家族の血を受け継ぐ人は
ほとんどいなくなるということ。。。
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遺品、遺書。。。知覧の特攻記念館や江田島の海軍兵学校教育参考館
見ていたためか、今回は涙せず、少し冷静に見る事が出来ましたが
冒頭の手記がどうしても心に引っかかってしまいました。。。

                海は私です
          青い静かな海は 常の私の心
           逆巻く波は 怒れる私の顔


当時の敵国に対しての怒り? 戦争に対しての怒り?
生きることを許さない特攻に対しての怒り? 自ら命を絶つことへの怒り?

☆森繁久弥による鎮魂歌  
人生に無駄なものが。。。男たちの大和でも同じセリフがありましたね
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回天をテーマにした作家:横山秀夫「出口のない海」では
「美しい海。母なる海。だがそれは、二度と陸地を踏むことを許さない、
出口のない海でもあった」  と結ばれていました。。。

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回天記念館から見える海はとても静かです。
きっと今は。。。怒れることなく安らかに眠られているはずですよ。。。
海を見下ろす椿の花からは、そう言われたような気がします!!

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by kazemachitaro | 2006-02-18 03:00 | 風の旅 山口長門

世界遺産。。。広島の夏 広島の想い 05/08/20

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           戦後60年、広島は長崎、沖縄と並び日本で最も
             戦争の悲惨さ、愚かさを経験した街。。。
        転勤をしてきた風待ちにも、8月6日が近づくと街の雰囲気が
        なんとなく変わり、当日の朝は凛とした緊迫感が感じられる
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平和を願う様々なイベントが 開催され、平和の大切さという
言葉はいつも身近で見て、 聞いて、知らず知らず会話の中で自らも使ってしまっている。。。

でも。。。
風待ちは平和の大切さを自分の子供に自分の言葉で正しく
教えてやることが出来るのだろうか。。。







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戦時中の出来事を考えされられる場を出来るだけ尋ねてみたい。。。いつのまにかそう考えるようになったそれは20数年前、鹿児島知覧特攻記念館を訪れ号泣した。。。ことから始まった様な気がする。
         
江田島海軍兵学校、加世田特攻記念館
家族へのラブレターに泣いた。。。
母へのラブレターに泣いた。。。
2度、3度何度も読み返しただ、立ち尽くすばかりだった          

平和資料館、靖国神社、陸奥記念館、回転記念館、紫電改記念館、
松代日本大本営跡、戦艦大和記念館。。。そして、まだ行けていない沖縄。。。
知っておくべきこと、理解しておくべきことを本当に知らなさ過ぎる。。。

        25年前の風待ちの義務教育終了9年の間では戦争に関し
        今問題になっている事は、学校ではほんのさわり程度にしか
        教えてくれなかった気がする。。。今でもそれは同じ?
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         別段、思想的なことを求めているのでなく、ただ子供に
         戦争の事実を、正しく教えてやることができるのか。。。
         日本は世界で唯一の被爆国であるとともに、その戦争の
         過程においては加害者と判断される国であったことも事実
           そして、いずれにしても戦争そのものが奪っていく
            多数の命の大切さ、悲しみをどう説明してやれば
        よいのだろうか。。。広島にいるうちに答えが見つかるだろうか

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by kazemachitaro | 2005-08-20 00:00 | 風の旅 広島
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 のんびり気ままな      ちょこ旅ブログです


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