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しまなみ海道への想いNo2~因島大橋編:水軍の登場~

  今日は、昨日の新尾道大橋と尾道大橋に続くしまなみ海道3つ目の橋、
  因島大橋を紹介します。

 ☆向島と因島をつなぐ因島大橋:1983年開通 全長1270m、主塔高145m
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  1983年、しまなみ海道の橋の中では2番目に古い橋で、
  当時の東洋一のつり橋として完成しました。
  二本の主塔間からつり下げられた橋桁は、海面から約 50mの高さにあり
  上部は自動車専用道、下部は自転車歩行者道が走り、当時の橋梁技術の
  先端をいく橋として、その後の長大橋梁の建設に生かされており、優美な
  姿は本土側からも遠望できます。

 ☆対岸三原の筆影山から写した朝焼けにシルエットを見せる因島大橋。
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  因島といえば、人気バンド『ポルノグラフィティ』の出身地で、
  昨年末の初めての凱旋コンサートが因島市としての最後のビッグコンサート
  となり、その様子がTVで放映されていました。
  コンサートは無くなる因島市を忘れないで欲しいという彼等のメッセージを
  中高生以下の子供達に伝えたいとの想いから企画されたらしいです。
  先日までは因島市でしたが、流行の平成大合併で1月10日より
  尾道市に編入
されました。
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 ☆因島への想い
  中学生のときの夏期自由研究として取り組んだのが
  伊予水軍の歴史でした。。。
  その時に出てきたのが村上水軍で、当時しまなみ海道は開通しておらず
  この因島に来るにはフェリーを3時間近く乗り継がないと来られなかった
  わけで遠い島という印象でした。風待ちの因島をはじめとする瀬戸の島々
  への想いは、平安時代から戦国末期までこの瀬戸内海を支配した村上水軍
  から始まることになります。
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  後世に名前を残す村上水軍には大きく3家(因島、来島、能島)
  ありますが、島の中ほど全国で唯一の水軍城 
  因島水軍城 因島水軍城資料館を拠点としていたのが、
  そのうちの因島村上家ということになります。

 ☆村上水軍は当時の中国四国地方の毛利、大内、陶、河野などの
  有力大名との結びつきを戦略として、瀬戸内海の水先案内、物流などを
  生業としながらも、戦時には時々の有力大名の水軍武将として活躍。
  この因島家は早くから向かい側の三原小早川家に属し、毛利家の水軍
  として厳島などの合戦に軍功をあげたということです。鎌倉時代元寇
  時には九州博多まで出動し活躍したとの話も残っています。
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 ☆やがて戦国時代においては織田信長、豊臣秀吉などの最高権力者との
  結びつきの中で、この3家は同族でありながら少しずつ違う立場で戦う
  こととなり、中央権力に翻弄されながら、やがて水軍そのものは自然消滅
  忘れられた存在でありましたが、明治時代に入り、当時最強を誇った
  ロシアバルチック艦隊との日本海海戦で村上水軍の名前は再び世に
  出てくることになります。
  
  水軍にまつわる話は、来島、能島の村上水軍それぞれが拠点とする島を
  紹介しながら、これから渡っていく大三島、大島などに架かるしまなみ
  海道の中で引き続き紹介したいと思います。
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    この静かにきらめく入り江にも勇壮な水軍が
          幟(のぼり)をはためかせていたのだろうか。。。

                   次回は生口橋の紹介です。。。

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by kazemachitaro | 2006-01-19 00:59 | 風の旅 しまなみ海道
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